木下 歌織

07/05 熊本地震のゲンバから ④くまモン編

熊本と言えば、くまモン!

町のあらゆるところに出没していました。

今回、私が乗ったバスもくまモンだらけ。

車内の座席シートもぜーんぶ、くまモン!

カーテンもくまモン!

その可愛さから思わず私も・・・・

 

 

 

 

 

 

はい、ひょっこり。

いえいえ、ほっこりしました。

この外観だけでなく、内装もくまモンだらけのバスは、熊本県内に2台しかないそうです。

なんとラッキーな。

 

まだまだ復旧には時間がかかるかもしれませんが、

地元の人やくまモンパワーで乗り切ってほしいものです。

 

日本はもうどこで地震が起きてもおかしくない国。

お互いに支え合う気持ち、大切にしていきたいですね。

がんばっぺ!熊本! (岩手弁でがんばれ)

 

 

07/04 熊本地震のゲンバから ③地元の笑顔編

熊本県南阿蘇村にある南阿蘇鉄道の「長陽駅」。

木造の建物で、ノスタルジックな雰囲気を醸し出していました。

でもここは、ただの駅ではないんです。

駅舎内は喫茶店「久永屋」になっていて、シフォンケーキなどの焼き菓子が食べられるんです。(土日祝日のみ営業)

駅のホームでウクレレを弾きながら迎えてくれたのは

店長の久永操さん。自らケーキを焼きます。

私もシフォンケーキを試食させていただきましたが、これまたびっくり!

クリームがゆずこしょう味!

ピリッとした辛みもあるのですが、甘さ控えめのクリーム、そしてふわふわのシフォンケーキにぴったり合います。

駅のホームで食べられるので、ゆっくりのんびり利用したかったです。

 

現在、この駅は、地震の影響で橋梁などに被害が出て今は運休中。

地震直後は人も少なかったそうですが、今は少しずつお客さんが増えてきています。

また久永さんのウクレレ聞きたいです。

 

 

 

06/27 熊本地震のゲンバから ②阿蘇大橋編

熊本地震の最後の行方不明者、当時大学生だった大和晃さん。

1回目の地震で被災した友人に物資を運んだ帰りに、2回目の地震で阿蘇大橋の崩落に巻き込まれ亡くなられました。

長さ200メートルほどの阿蘇大橋。

(写真中央に本来橋が架かっている状態でした)

熊本県の報道関係者も、「まさか阿蘇大橋が崩落したなんて信じられない。」と

当時を振り返っていました。

今もまだ崖が不安定な状態で、遠隔操作で重機を動かし、無人で復旧作業を行っているということです。

 

阿蘇大橋の先には、東海大学農学部の学生寮などがありますが、

今は誰も住んでいません。

そのひっそりとした雰囲気は建物外観を見ただけでも感じられます。

 

 

ここから私事になりますが、

東日本大震災前日の3月10日は、私の21回目の誕生日でした。

母からは「誕生日くらい岩手に帰って少しゆっくりしたら?」と電話がありました。

しかし当時私は就職活動が難航していた時期で、両親に心配をかけたくなく、岩手に帰ることを断りました。

そして翌日の3.11。

家族とは5日間ほど連絡が取れず、毎日テレビやインターネットで安否情報を確認する日々でした。

(家族はみんな避難し全員無事でした。)

 

もし、あのとき岩手に帰っていたら・・・

そう思うと、今自分が生きていることが不思議に思えてきます。

 

大和さんも、もしあのとき、あと1分帰りがずれていたら・・・

自然災害には、そんな「もしあのとき」という思いがたくさんあります。

それは地震発生後も同じです。

 

もし、自宅に戻っていなければ津波に巻き込まれていなかったのに・・・

もし、あのとき防災グッズを用意しておけば・・・

もし、あのとき早く避難しておけば・・・

 

一瞬一瞬の判断や備えが生死の境目になってしまうときもあります。

今何ができるのか、そのことを考えていくしかありません。

 

06/26 熊本地震のゲンバから ①熊本城編

最近、県内をはじめ全国でまた強い地震が頻発しています。

大阪で倒れたブロック塀の下敷きになり亡くなられた小学生。

ご冥福を祈るとともに、各地で危険個所がないかもう一度見直す動きが加速することを願います。

 

さて先日、所用で熊本県に行ってきました。

熊本地震から2年。その様子をこの場でご紹介させてください。

熊本を初めて訪れる私は、まず熊本城に向かいました。

今もまだ石垣が崩れた状態で見学できるスペースが限られています。

 

こちらは、右から大天守・小天守・宇土櫓。

1600年ごろに加藤清正が築いたものです。

このうち大天守・小天守は1877年の西南戦争前に焼失し1960年に鉄筋コンクリートで再建されました。

一方、宇土櫓は江戸時代から残る重要文化財です。

比較してみると宇土櫓が、再建された2つの天守よりきれいに残っているように見えます。

昔の建築技術の高さに感銘するとともに、近代の技術も安全なものではないということを

実感します。

 

戌亥櫓。

地震直後のままのように見えます。

角の石垣だけで支えられている様子を見ると、今後も大雨や地震によって崩れないか心配になります。

崩れた石垣は、わかるものは一つ一つ番号をふり、元あった位置に組み直すそうです。

熊本城周辺の駐車スペースなどに、一つずつ並べて保管してありました。

復旧に必要な石垣は約10万個。

ほど遠い作業に思えてなりませんが、熊本城の忠実な再建のために必要なこと。

そして崩落の原因解明や将来の崩壊の予防にもつながります。

現代人の知識を集結させ実現させてもらいたいものです。

 

そして熊本のシンボル天守閣。

遠目ではありますが、新しいしゃちほこの姿を見ることができました。

しかし本来の姿を生で見ることができず残念な思いばかりです。

これから数十年かけて元の姿に戻していきます。

いつか、満開の桜に囲まれた、熊本の誇りともいえるその姿を目に焼き付けたいものです。

 

06/15 不満爆発?!

皆さんこんにちは。

「ガチャごちゃトーク」松井・木下 第三弾が投稿されました。

私のある不満(!?)をぶっちゃけトークしています。

後悔はしていません!

 

ただ、なにをこんなに熱弁しているのか、自分で見返してみて呆れています。

どなたか共感してくださると嬉しいです。